社会デザイン学科2年 R・H
身近な人から“知らない誰か”へ届けたい。「献血」を広げるための挑戦
小さい頃の手術の経験をきっかけに、私は献血にずっと関心を持ち続けてきました。高校時代には青少年赤十字部に所属し、献血不足が深刻になる見込みだという社会課題を知ったことから「自分でも何かできるのでは」と考えるようになりました。そこから家族や友人に献血を呼びかけたり、高校内で献血講座を企画したり、商業施設での呼びかけボランティアに参加したりと、自分ができる範囲で献血の輪を広げる活動を続けてきました。それから気付けば献血は29回を超え、日常の中にある当たり前の行動になっていました。
大学に入ったら、この取り組みをもう一段階広げたいと思っていました。友人や周囲に呼びかけるだけでなく、私を知らない第三者にも献血の魅力や必要性を届けたい。その思いが気持ちの中心にありました。そんなとき、献血ルーム池袋い〜すとでイベントを企画できる可能性を知り、本格的に行動を起こすことを決めました。献血への恐怖感は「痛そう」「病院みたいで怖い」などの誤解に基づくものが多いと仮説を立て、若者が楽しめるリアル脱出ゲームと組み合わせれば、献血ルームの印象をガラッと変えられるのではないかと考えました。この挑戦を実現するために、学生団体「全人未トウ」を立ち上げ、自ら代表として企画を考えることにしました。

長期間の準備と想定外の壁の連続、それでも諦めず乗り越えたプロジェクトの裏側
プロジェクトを実行しようと本格的に動き始めてからは、想像以上のタスクの量に圧倒されました。実行メンバーは私を含めてたった2名。イベント本番まで、約3か月という準備期間の中でやるため、タスクは本当に山のようにありました。献血ルームさんとの打ち合わせ、ゲーム制作の依頼、関係各所への連絡、参加者ヒアリング、SNS広報、イベントポスター作成、拡散依頼、そして毎日の投稿。
それに加えて大学の授業や課題と並行するため、締め切りに追われ続ける日々は正直しんどかったです。連絡が遅れてしまったり、どうしても手が回らなかった部分が出てきたりして、焦りや不安で押し潰されそうになる瞬間もありました。
一緒に運営をしていた友人は、業務をスプレッドシートに可視化してもらいとプロジェクトマネジメントを担ってもらいました。活動の方向性や戦略は私と友人で相談しながら整理していきました。優先順位を明確にし、絶対に必要なことから片付ける流れに切り替えたことで、状況が少しずつ整理されていきました。毎日必須にしていたTikTok投稿も3日に1回へ変更し、それだけでも心の余裕が生まれ、他の作業にも力を割けるようになりました。
また、協力者の存在にも何度も救われました。イベントに会場を提供してくださった献血ルームの方々、他大学の仲間が作ってくれた脱出ゲーム、ヒアリングに応じてくれた人たち。そしてSNSの投稿を拡散してくれたり、企画内容に意見をくれたりした人たち。私1人では、そして2人だけでも、絶対に実現できなかったことが、たくさんの人の力によって少しずつ形になっていきました。
そしてイベント当日。5日間で51名が参加してくれました。そのうち10名は初めて献血をした人たちでした。この数字を知った瞬間、それまで積み重ねてきた苦労が一気に報われました。

知らない人が動いた瞬間、“私にも社会を動かせるかも”と思えた
このプロジェクトで一番印象に残っているのは、イベントをきっかけに「私のことを知らない人」が献血をしてくれたことです。これまでも友人や知人が献血に参加してくれたことは何度もあり、その度に嬉しく思っていました。でも、イベント告知を見た“知らない誰か”が献血という行動を選んでくれたのは初めてでした。「自分の企画が、話したこともない誰かの献血という行動に変わった」という感覚は言葉では言い表せないほどの感動でした。この時から、自分の行動が誰かの勇気につながり、それは、社会を少しずつ動かす可能性があると信じられるようになりました。
今回の挑戦を通して、身近な友人や知人をだけではなく、‘知らない誰か‘も、企画や仕組みによってその輪を広げることができるという手応えも得ました。今後は、この経験をもとにより多くの人に献血の魅力を知ってもらえる企画に挑戦したいと考えています。
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社会デザイン学科2年 R・H